真面目なノンフィクションです。筋肉でタコイカはD乳酸を作り、ヒト、ハエはL乳酸を作ります。タコイカだけが特別なのです。

動物は筋肉を動かして、捕食者(プレデター)から逃げたり、獲物を追ったりしなければ生存できません。従って、筋肉では無酸素に近い状態でも、なんとかして動き続けるため(ATPが必要)、ATPを無酸素でも産生できます。いわゆる解糖系によるATP合成です(酸素がいるのは電子伝達系ですが、クエン酸回路も酸素を使った電子伝達系が動かないと止まってしまいます)。

さて例えば短距離走では、無酸素に近い状態で筋肉は、解糖系によるATP合成を行うわけですが、この時、ピルビン酸CH3COCOOHとNADHと水素イオン(H+)から、乳酸CH3CH(OH)COOHとNAD(+)を産生します。つまり2H分が乳酸の形で捨てられます。そうしないと量の少ないNAD(+)が再生できず、解糖系が止まってしまうからです。

  • この反応を触媒するのが乳酸脱水素酵素ですが、これにはL乳酸を産生する酵素とD乳酸を産生する酵素の2種類がありますが、微生物には両者がみられ、両酵素とももつ微生物もいます(ラセマーゼといってL乳酸とD乳酸を変換する酵素もあるということですが、これは2つの乳酸脱水素酵素の混合物を間違えて1つと思っているかもしれません)。

動物にはL乳酸が多く、L乳酸脱水素酵素がヒト、ハエで見つかってますが、なんとタコ、イカ筋肉にはD乳酸が多いそうです

Ohmori et al. (1997) Zoological Science, 14, 429-434
D-lactate is present in much larger amount than L-lactate in Cephalopods and Gastropods.

さらにそのD乳酸脱水素酵素アミノ酸配列(1次構造)も近く発表されるそうです。(大森先生私信)。大森先生は岡山大学薬学部を御退官され、津南高専の校長先生をされておられますが、乳酸脱水素酵素を利用したL乳酸とD乳酸の微量定量法を開発された先生です。

ハエゲノム中にはD乳酸脱水素酵素遺伝子は予測されていません。ヒトなどほとんどの動物もL乳酸脱水素酵素でL乳酸を作ります。タコ、イカだけが変わっているのです。ちなみに高等植物にはタマネギなどD乳酸の多いものや、キャベツ、ポテト、アスパラガスなどDとLと同じ位含むものもあります。

  • 調べたら過去にMartin AW, Jones R, Mann T.

D(--)Lactic acid formation and D(--)lactate dehydrogenase in octopus spermatozoa.
Proc R Soc Lond B Biol Sci. 1976 May 18;193(1112):235-43.
Mann T, Martin AW, Thiersch JB, Lutwak-Mann C, Brooks DE, Jones R. Related Articles, Links
D(--)-lactic acid and d(--)-lactate dehydrohgenase in octopus spermatozoa.
Science. 1974 Aug 2;185(149):453-4.
がでてるようで取り寄せ中です。

人体への投与の観点から最近では点滴液にはL乳酸のみ含有する物が使われています。DL乳酸混合は使われなくなってきました。

この用途と、手術用ポリマー糸として乳酸ポリマーを使うため(一定時間後人体内で溶けてなくなる)、L乳酸の需要は高くなっています。L乳酸は有機化学でこれだけを合成できず、発酵で作らせ精製しています。従って比較的安く手に入りますが、D乳酸は恐ろしく高いです。